ブラック・サンデー(ジョン・フランケンハイマー)

 この映画を観るまで知らなかったのだけど、9.11の時に話題になっていたそうですね。なるほど予見的な感じがなくもないですが、飛行船の方が映えるという意味では(不謹慎で恐縮ですが)、やはり乗り物の選択は映画的だったというか。
 テロ組織「黒い9月」は次の目標として米国を狙った作戦を練っていた。イスラエル特殊部隊の急襲で事前に食い止められたかに見えたその計画は、しかし生き残りである女性テロリスト、ダーリヤによって着実に進行していた。自らの逡巡が原因で彼女を逃してしまった部隊長カバコフは、非合法活動も辞さない覚悟でアメリカに渡る。領分を荒らされるのを見逃せないFBI。かくして三つ巴の戦いが始まった。しかしその「作戦」とは思いもよらない大胆なものだった・・・
 最近思うのが、9.11以前も、以降も、心ある映画監督(製作者)だったら割と政治的スタンスは公平感のあるものにするものなんだな、ということ。(一方でなんじゃこりゃっていうようなタカ派の映画もたくさんあったと思うけど、それは論外なので。)もちろん9.11以降のナショナリズムを煽るような風潮の中で、それでもニュートラルな立場を選択することには、一層の難しさはあったと思います。しかしイデオロギー的に難しいことをさて置くとしても、先に書いた「心ある」っていうのは良心ということだけじゃなくて、作品としてのドラマツルギーを真剣に考えたら、公平感のある描写の方が盛り上がるに決まってるのだから。
 と、いうことを考えさせられました。とにかく登場人物みなの行動原理がしっかりしている。家族を惨殺され姉をレイプされたダーリヤはもちろん、彼女に手を貸すベトナム帰還兵マイケルはシルバースターを獲った英雄でありながら、戦争が原因で家族も誇りも奪われた恨みが原因。その一方で、モサドと思しきカバコフは、冷徹ではあるけれど年を経て「行動の絶対性」に疑問を感じ始めていて。
 こういった役柄を受ける役者のアンサンブルがまた絶妙。ダーリヤを『マラソンマン』のような悲劇的な匂いがするヒロインとしてマルト・ケラー、寄る辺ない身の上を作戦遂行に文字通り命がけでぶつけるマイケル役をブルース・ダーンが熱演しています。そして泣ける。ローラ・ダーンのお父さんとしか知りませんでしたが、達者な人ですね。それとこういう映画は「敵役」が魅力的じゃないと物語がドライブしないけど、カバコフを演じるロバート・ショウは強面一辺倒じゃない陰影のある人物としてよく受けています。
 そして何といってもビジュアルセンスが素晴らしい。フランケンハイマーを画の監督として観ることはあまりないと思うけど(そうでもないのかな?)、ダーツ爆弾の実験で何千という穴だらけになった砂漠の飛行機格納庫を、太陽光が射す内側から撮ってみたり、そしてなんといってもクライマックスの飛行船のスタジアム襲撃。
 元々はトマス・ハリスの小説なので(こんなダイナミックな話も書いてたんですね。しかも処女作!)映画独自の手柄とは言い切れないのですが、飛行機ではなくて飛行船というのが絶妙のセンス。のったりのったりしたペースで、しかし威圧感のある物体が徐々にスタジアムに影を落とす、という画は、どこかファンタジックでユーモラスでありながらも正に悪夢的。CGのない時代に説得力のあるレイアウトで見せ切った腕は相当だと思いました。変に引っ張らないで、断ち落としたかのようなエンディングも格好いい。なるほど名作でした。
☆☆☆☆