陸軍中野学校(増村保造)

 まあ・・・陰惨な話ですよね。近年出色の出来だった『ラスト、コーション』を例に挙げるまでもなく、エスピオナージュとはそうしたものですが。開巻早々、この映画は悲劇に終らざるを得ないというにおいがバンバン発散しています。
 ところでこの物語は、一学生に過ぎなかった主人公達が一人前の諜報部員として鍛え上げられていく過程が大半を占めていて見所でもあるのですが、候補生たちは人間性を削ぎ落とされていくと同時に、外部との接触を断たれた閉鎖的な世界でどんどん先鋭化していきます。
 それを象徴するエピソードとして、(社交術を身につけるフィールドワークとして)クラブに出かけた際に、知り合った女に逆に入れ込んでしまうというあるまじき失敗を犯した仲間のひとりを、上司に相談せず仲間内で文字通り「詰め腹を切らせる」という場面があります。これは「制限された環境下である役割を与えられたら、人間がどれだけ冷酷になれるか」というミルグラム実験を思わせて不気味でした。(『リクルート』の楽観主義と比較すると面白い。)
 ところで例によってネットの感想を読んでいると、主人公演じる市川雷蔵が最初からクールすぎて、中野学校によって変貌するという物語のメリハリに欠けた、という意見が散見されたのですが、個人的には仲間が「(創立者)草薙中佐の気持ちに応えようじゃないか!」と盛り上がっている時も、上記の制裁シーンでもひとり距離を置いているかに見えた(そういう空気に対して一種批判的にも聞こえる淡々とした主人公のナレーションがそれに拍車をかけるのですが)彼が、結末部分で見せる決断に「こいつもやっぱり立派に訓練されていたのか・・・」という不穏さが際立っていて良かったように思います。
 それと草薙中佐が加東大介というのは元スパイの古強者という冷酷なキャラを演じるにはミスキャストでは?、という意見も多いようですが、「世界各地の虐げられた人々を解放する」という飲み込みやすい理想を掲げて、自殺という脱落者が出たら涙を流すという人情味をみせる彼が、結果として自らの思いのままの目的を達成していることを考えたら、本当に老獪なスパイというのは一見温厚そうな顔をしているのではないかと思わせて、むしろはまっていたような。 
 「組織の力」というある種の暴力に対して身を委ねるというマゾヒスティックな快楽。このテーマは『人狼』のような押井守ケルベロスシリーズと通底している気がしました。
☆☆☆1/2