冷たい方程式(V.A)

 SFマガジンに掲載された作品のうち、各作家の短篇集などには収録されなかった作品を集めたもの。悪く言えば落葉拾いなので、有名作家たちの作品でありながら「ものすごくインパクトのある傑作」はない。表題作を除いては。
 熱心なSFファンでなくともタイトルを目にしたことはあるのではないか、というくらい有名なSF短篇のクラシックですが、実はかくいう僕も今回初読。正直これを目当てに手に取りました。
 ただ一人の乗員を目的地に届けるだけの燃料しかない緊急用小型宇宙艇。いまこの船は辺境の惑星に血清を届けようとしていた。重量エラーを知らせる計器。「密航者は船外遺棄」が過酷な宇宙という環境を統べるルール。気が進まぬ仕事を片付けようとパイロットが扉を開いたとき、そこに現れたのは自分が何をしでかしたのかも分からないような若い娘だった・・・
 作者のトム・ゴドウィンは実質この1作でのみ知られる作家ですが、この作品が残せたのならそれでも充分なのではないかと思われるほどソリッドでシャープ、だけれども味わい深い物語です。個人的には「パイロットが女の子のお洒落サンダルが実は合皮ということに気付く」という場面に尽きました。苦しい実家の家計を支えるために過酷な辺境の惑星で働くことを志願した兄ゲリイ。そんなお兄ちゃんに一刻も早く会いたくて、ささやかながらお洒落して、ほんのいたずら心を起こしただけなのに・・・というバックグラウンドがごく短い記述のうちに強烈に立ち上がる、瞬発力のある描写です。
 発表されてから高い評価がある一方で、「なぜ飛行前の点検で密航者が発見されるシステムになっていないのか」「状況設定が人工的すぎる」といった批判があったそうですが、そういった人たちは、むしろベタといえばベタな話にわれ知らず心を揺さぶられた自分が許せなかったのではなかろうか?と想像したりして。
☆☆☆(冷たい方程式は5点)