沖で待つ(絲山秋子)

 沖で待つっていうから、なんか「涅槃で待つ」みたいな響きやなーと思ったら、本当にそういう話だったからちょっとびっくりした。まあこれはネタバレでもなんでもなくて、開巻すぐに開かされる事実なんだけど。

 住宅設備機器メーカーに就職した初任地で、二人きりの同期となった主人公の「私」及川と太っちゃん。青春時代の尻尾のような時期も過ぎ、恋愛とも違う友情を育んできた二人だったが、ふとしたことからある約束を交わす。それは「どちらかが不慮の死を遂げた時には、個人的な秘密が隠されているPCのハードディスクを誰にも知られぬ前に破壊しよう」というものだった。それは酒の席での冗談ともつかない約束のつもりだったのだが・・・

 個人的な話をすると僕の初任地も福岡(地元)で、関西出身の同期とふたりきりだったから、ものすごく心当たりのある光景。まずそれにやられた。でもこういう社会人なりたての生活というのは誰にも普遍的なものじゃないかとも思う。「西の果てに飛ばされた!」という本州出身者の心情も今では何となくわかるけど、関西の同期はいまだに「あの時、お前地元の友達とばっかり遊びまわって、俺は一人ぼっちやのにホンマひどい奴やで」というからなあ・・・ごめんよ。
 如何なものかと思われた点は、幽霊の太っちゃんとのやりとり(プロローグとエピローグ)がやはり蛇足に感じられたのと、HDDの中身は(太っちゃんの方は物語上のツイストなのでともかくとして)マクガフィンなんだから明示しないほうが想像が膨らんでよかったのに、ということ。だからある選考委員のコメントにあった、「O・ヘンリやモーパッサンとまではいわないけれど、中身に「魔」がないと・・・(大意)」というのは的外れじゃないかなぁ。 
 ともあれ、「現代文学」だぞ!という押し出しの強い、ある種のトリッキーさがウリの作品が多い芥川賞にあって、この「地に足が着いてる加減」は貴重だと思う。(吉田修一みたいにミニマルすぎても物足りないんだよね・・・)。もっとこういう小説が読みたい。と久しぶりに思ったことでした。
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