闇の展覧会 罠・霧(V・A:カービー・マッコーリー編)

 結局のところ、自分にとってはキングの『霧』を読むための短編集だったという印象。

 「恐怖」という人間の根源に関わる感情を扱っていれば、ホラー・プロパーに拘らない、という姿勢が刊行当時は新鮮だったのだろうと想像される。けれども現在はホラーだけでなくSF・ファンタジーもジャンル作家と現代文学作家の相互乗り入れが進んで、ある小説が特定の分野に括れない(スリップ・ストリーム)という状況に慣れてしまった。その分割り引いた評価に。

 とにかく『霧』が最高。キングは「この世ならざるもの」を書かせたら右に出るものがいない。そしてまたその「モノ」に接近遭遇したときの人間の反応にすごくリアリティがあって、それが物語に説得力を持たせている。「ホラーな状況を日常の中で描くのではなく、日常をホラーで描くのだ」という趣旨のキングの発言をどこかで読んだとき、成る程と思ったことを思い出した。

 ノートンという卑小な隣人(弁護士)に対する主人公の気持ちの変化なんかは、自分の日常生活の中でも思い当たる節がある感情で、そういった共感を引き出すのがキングは本当に上手い。ベストセラー作家は数あるけれど、彼らと決定的に異なるのはそういった感情の描写の細やかさで物語が裏打ちされているところ。(長編になるとやや筆が走りすぎるきらいはあるんだけど。) ともあれ、この作品を読むだけでも手に取る価値があると思います。

 ところで『霧』はフランク・ダラボンによって近々映画化されるらしく、あれ?一回自分で監督した『地獄のデビルトラック』はなかったことになったのかな、と読む前は思っていたんだけど、別物だった!(あちらの原作は『トラック』)。まあ似たような話もたくさん書いてる人だからね・・・

☆☆☆(『霧』だけ☆☆☆☆☆)