春の惑い(田壮壮)

 ある地方都市の旧家。その広い屋敷に住むのは、身体をこわしてこもりがちな若主人とその妻、女学生の妹と先代からの使用人だけだった。その時間が止まったような暮らしにある日変化が訪れる。それは主人の旧い親友の訪問。しかし彼は、妻のかつての恋人でもあった・・・

 ストーリーだけ聞くと、夏目漱石の小説かと思うが、実は中国映画の古典「小城之春」の再映画化なのだという。実際に観てみると、大きな事件がほとんど起こらない三角関係の恋愛劇で、感情を押し殺した会話のやり取りなど、「それから」や「門」を想起させる。なんでも漱石に結びつけるのはファンの悪い癖だけど、こういう物語が中国映画のクラシックとして存在するというのは個人的には発見である。

 サウンドトラックに弦楽器主体の(所謂)伝統的な中国音楽が全く登場せず、環境音楽的なつくりなのも意外であった。(アジア映画通の人からすれば今時そんなこと言ってるの?って感じだろうか。)また「花様年華」の李屏賓によるカメラも実に美しかった。

 ところで皆で舟遊びをするシーンで主人公の妹が「美しく青きドナウ」を歌うのだが、西洋の旋律に中国語が乗ると「サントリーウーロン茶」のCMを否応なく思い出してしまいますね。