スペシャリストの帽子(ケリー・リンク)

すごく引き出しが多い人である。
どの短篇もスタイルが違い、なおかつ高水準。わかったような、わからないような抽象的な物語が多いのだが、しかし何だか惹かれるものがある。ただ、表題作である「スペシャリストの帽子」や「カーネーション、リリー、リリー、ローズ」はあまりに抽象的すぎて、現代文学マニアではない僕にはちょっと飲み込みにくかった。

気になった作品と感想。「雪の女王と旅して」は、有名な童話のパスティーシュなのだが(この作品に限らず、パロディ的要素というのがケリー・リンク作品の柱のひとつらしい)、よくあるような、作者だけが面白がっていて読者に寒い思いをさせる類のものではなく、素直に笑える。作者は「楽しませる」スキルにも長けている。
「人間消滅」はちょっとイーサン・ケイニンのあるタイプの作品を想起させるような、子供の視点で大人の複雑な世界を垣間見せるという趣向の作品。リンクの作品は、まあ現代文学としかカテゴライズできないような性格のものだと思うのだが、必ず大なり小なり超常的な要素が絡んでくる。しかしファンタジーという言葉から連想されるものからは遠い。
「生存者の舞踏会、あるいはドナー・パーティ」は狼男が登場しない、あるいはギリギリまで見せない「狼男アメリカン」。主人公の男の子のちょっと頼りない感じなんかが。

収録作では一番気に入ったのが、「私の友人はたいてい3分の2が水でできている」とネビュラ賞受賞作の「ルイーズのゴースト」。上手く説明できないが、女の子の生活が絵空事ではなく(少なくとも男から見て)リアルに感じられる。しかもそのリアルな描写を「読ませる」というのはなかなかの巧者ではなかろうか。小説的過剰さはスーパーナチュラルな要素の部分だけで、それが上手くフックになっているという印象。

全体で言えるのは、繰り返しになるが、この作者にはパロディ、幻想、セックスというのが不可分な要素なのだろうなということ。とくにセックスの要素は割りとあからさまで、殆どの作品に絡んでいる。加えて、音楽でいえばDJ的なセンスがすぐれている。邦訳も原書どおりの並びであるが、作品の配置順での盛り上げ方が巧み。短編集というのはそういう部分への気配りも重要だと思うので。

ところで小島麻由美とスーパーバタードッグの名前が海外小説の謝辞に登場するっていうのもすごいなあ。

☆☆☆☆1/2