狼は天使の匂い(デイヴィッド・グーディス)

これだけのボリュームで濃密な物語を織り上げる手腕に感心。最近の必ず上下巻にならずにはすまない(日本版でのこと)ベストセラーリスト系の作家には見習っていただきたいものだ。

全くもって無駄のない、一部の隙もない研ぎ澄まされた文章。ステレオタイプな配置とはいえ、ごくコンパクトな描写で犯罪者グループの個性を描き出していく、血肉の通った人物造形。物語の柱となる謎のひとつである「主人公の素顔」が明らかになるタイミングも展開も的確。ストーリーを動かさんがための作為的なエピソードも見当たらない。登場人物のそれぞれが因果によって抜き差しならない状況に追いやられていく。

マーナという犯罪者一味の女と主人公のやりとりは、物語全体の分量からいってごく僅かに過ぎないのにも関わらず、彼らの関係が招く劇的な結末へ至る流れに不自然さを感じさせない。繰り返しになるが、描写の物理的な量をもって人物背景の重みとする最近の傾向がいかに無駄か、ということを考えさせられた。(原稿料がページ計算によるという事情もあるのだろうが。)

それはさておき、さすが名作と呼ばれるである。ただ邦題は読後も今ひとつピンとこないのだけど。