マラソン・マン(ジョン・シュレシンジャー)

マルト・ケラーウィリアム・ディヴェインがものすごくニューシネマ顔。

この映画は幼い頃淀川長治の「映画への招待」という宣伝番組で予告編をみたことがあったのだが、汗臭そうなダスティン・ホフマンが走っているところと歯科手術拷問のシーンがやけに印象的で、ひどく怖かった覚えがある。ただの走っているシーンさえ。

さて今回初めて観たのだが、そのときの印象とほとんど変わらないくらい怖かった。というのも、なんでもない日常シーンもホラーの呼吸で撮られているからだ。冒頭から終わりまでずっと不穏な空気が支配している。作品全体を通してそのテンションを持続させる監督の技量は素晴らしい。

物語は、ナチスの隠し財産(ダイヤ)をめぐる陰謀に巻き込まれた大学生の苦闘、という「巻き込まれ型サスペンス」であるが、観客の視点が基本的にはホフマン演じる主人公と同一に設定されていて、最後まで事件の全貌が明らかにされないところや、なにを問われても「安全か?」としか応えないナチスの残党ゼル(ローレンス・オリヴィエの名演!)の拷問シーンなど、カフカ的不条理劇の雰囲気が濃厚である。

人の悪夢を覗き見たような、妙な感触の作品だった。傑作。