007 スペクター(サム・メンデス)

 これが邦画だったら「守ると誓った、この命を懸けて」みたいな如何なものかキャッチが躍るところだと思うけれど、僕は話としてはそういうの大好物なので、この作品も好きでした。(ネタバレ前提なので未見の方はご覧にならないでください。)
 とはいえ、クレイグ・ボンドの全ての敵はつながってました!というのは、いくら後出しでも余りにちょっとという印象が否めない(松本零士病というか永井豪病というか…)。加えて、嫉妬心が動機というのも『スカイフォール』の敵役シルヴァと被る感じがして、しかも前作はそれでとても上手くまとまっていたために、その価値を相対的に貶めるような気もして残念でした。
 「ミスター・ホワイト」が図らずもすべてを通してのキーマンになった訳ですが、利害を通じてある人間が複数の犯罪組織に関係するということはあり得ると思うので、クォンタムはスペクターの下部組織ではなくて、複数政府の関係する外部団体にしておけばもっと不気味な存在になったのに、とそこも勿体ない気がしました。それ以外の気になった箇所メモ。
・アヴァンタイトルの「死者の日」のベッドに残してきた女性、あの後どうなったのかしら…カモフラージュのためだからそもそも知らん、というのが、なんというか007らしさ(あるファン層にとっての魅力)なんだとは思うけど、巻き込んだならケアしてあげてよ。という程度には古典的なヒーローが好きなのです。
・今回のアストンマーチンはコンセプトカー然としていて、グッとこなかった。
・マドレーヌの高級診療所に行く時のダウンジャケット、あれもトム・フォードなのかな。買えないけど欲しい。
・タンジールで「アメリカン」というのはボーンに対する目配せなのか。
 同じ心に傷を持つものとして、ヴェスパーのことなら愛せるかもしれない、と思ったのも束の間、永遠に失ってしまい、そこからは喪失の連続、というのがクレイグ・ボンドの骨子だったけれど、人間性の恢復も含めて最後のチャンスが与えられた、というのが今回の話ですよね。所謂007マナーからは外れる異端のエピソードだから、それはちょっとと思う古参ファンもあるかも知れないけれど、『女王陛下の007』へのオマージュでもあるかもしれなくて、いやオマージュ云々はさて置いて、僕はそこにこそ今回グッときたので、このままクレイグ・ボンドは美しく終わらせてほしいと強く願うものです。※
☆☆☆☆
※ボンドは帰ってくる、とエンドクレジットにありましたが、帰ってこない方がよいので、次回作は新しい007コードの担い手をスカウトするところから始めてほしい。

ヤンコ:モンクストラップ(レザーソール仕様)

 いいかげんチーニーの黒靴がくたびれてきたので。実はチーニーのダブルモンクで探していたのだけど、チャーチ傘下から離れた現体制でのチーニーの靴をよく見てなくて、改めてまじまじと見るとなんかつくりがしょぼくなってないですか?(靴の作りに詳しくないせいかもだけど。)
 それで甲幅が広いせいもあり、いま履いているヤンコのダークブラウンのものが何だかんだで気に入っていることもあって、黒靴もヤンコにしました。やっぱりやわらかいのがいいですね。(あと残業10時までしてたりすると足がむくんできて、硬い靴は耐えられないんですよ。)現実的な理由もあるけど、仕事で履くならこれくらいの価格帯の靴がしっくりくるな。でもソールにはラバー貼る予定。

マッドマックス:怒りのデス・ロード(ジョージ・ミラー)

 なんというか神話的な物語であって、すばらしい傑作。
 こういうのは偶然ではもちろん作れないのだけど、さりとて狙ったからといって作れるものでもなくて、言語化できない「名作としかいいようのない何か」の領域に達しているという意味で、映画史に残る作品になっていたと思う。
 なので悲観的な予測をあらかじめしておくと、これから作られるといわれている続編は、これほどの映画にはならないのではないかなあ・・・(作らない方がいいんじゃないかなあ)
 ☆☆☆☆☆

ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション(クリストファー・マッカリー)

 これまた傑作でした。
 世評高い4については、部分部分で凄い!と思っても、全体としては(いまとなっては)凡庸な印象であって、一方がっかりと言われている3については「大作戦」感が良かったのでは…という感想を持つ者です。(結果として1が一番好き。)
 正直、このシリーズも「前作以上の派手な見せ場を」という続編ものの悪癖から自由であるとはいえず、いうなればトム・クルーズがどれだけ無理をしたかを競うような「血を吐きながら続ける悲しいマラソン」みたいな不毛な行く先を予感させていた訳です。ところが5作目に起用されたのは『アウトロー』のマッカリー。泥臭い70年代アクションを再現してみせた彼なら、かつての『国際諜報局』みたいな渋いエスピオナージュに舵を切ってくれるのではないかと期待していたのですが…
 さて、結果としては嬉しい予想外で。このシリーズらしい大作アクションの構えは崩さないまま、肝心の部分は知力と胆力の戦いという1作目のような雰囲気。しかもあそこまで殺伐としてなくて※1、着地は友情と信義という心地よい結末。実に上手かったと思います。
 個人的にはベストシーンはオペラが舞台の一連の流れ。信用しきれない射手と完全に悪者風の射手の挟撃にあって、ターゲットをスナイパーから守るにはどちらを撃つべきか?ということの解決策が実に頓智が効いていて巧みでした。いかに彼が場数を踏んでいるか、という描写でもあって、かつサスペンス演出としても一級のシーンだったと思います。
 加えて、ディテールの繊細さ。そういうところに抜かりがないと、つい高評価したくなる。例えばオペラ座からの懸垂降下で、ヒーロー映画だからしょうがないけど、それじゃ手のひらがもたないだろ…と思ったらちゃんとカーテンの切れ端で保護してたり、バイチェイスでのシフトチェンジ描写だったり。※2
 それと敵役のボスとの決着のつけ方ですね。これまでだと、いかにもクライマックスといった大アクションになったと思うけど、今回は地味な、けれども熱い知力戦。勝負を分けたのはイーサン・ハントが「現場の勘」と常にともにあること。
 いみじくもCIA長官※3が劇中語るように、IMFは「最後を運に任せ過ぎ」「エースに頼り過ぎ」な組織としてはちょっと問題があるところ。しかし、いざとなったら現場で血を流すことを厭わない・覚悟ができているリーダーがいるからこそ、「不可能なミッション」を解決してこられた訳で。逆に言えばシンジケートにはそれが足りなかった・・・ってこれってスーパー・サラリーマン幻想ですよね(俺についてこい、いやついてこなくてもいい。責任は俺が取るぜ!)。ああこのシリーズはそういうファンタジーでもあったんだなと今頃得心した次第。でもすごく面白かったなあ。
 追記:ところでオペラの演目が『トゥーランドット』で、劇中、シリーズのテーマ曲にもそのフレーズが折々挿入されるのですが、これはイルサの心情の変化をテーマ的に補強していたんですね。これも巧い。
☆☆☆☆1/2
※1 1作目だけ異色というか、まああの感じが良かったのですが。
※2 アーケードゲーム世代にはたまらないキレキレのハングオン
※3 結局IMFってどこの管理下にあるのかなあ…作品ごとに設定が違う気が…

美味しいコーヒーって何だ?(オオヤミノル)

 京都のカリスマ的ロースターが著名なロースター3人と対談する、という形式の本。
 「コーヒー道」の求道者たち、なんて想像するだに面倒くさそうで、実際この本に登場する人々もその例に漏れないのだけど、未だに「正解」が確立していない世界だからこそ探究も可能な訳で、面倒くさいジャンルというのはやっぱり面白いなあという印象でした。
 あと、自分がコーヒー豆をいろいろ選ぶようになったきっかけは、これまたご多分に漏れず所謂スペシャルティコーヒーのブームからで、その当時そういう世界があるのか!と感心した口なんだけど、ヴォアラ珈琲の井ノ上さんが「スペシャルティとかCOEは結局売り方であって、農園云々は商売としては否定しないが、つまるところいい豆かどうかがあるだけ」と語っている※1のが、現在のコーヒーに対する自分の世界観が覆されるような衝撃があって興味深かったです。
 ところでオオヤさんがたびたび口にする(そして対談相手になかなか通じない)、理想形の指標「昆布みたいなしょっぱさ」っていうのは、玉露が適性に抽出されたかどうかの目安とされる「うま味成分(アミノ酸)」と同様のことではなかろうかと思ったのだけど、はっきりそう断言してくれないので隔靴掻痒の感が。
 それでここからは完全に蛇足ですが、先日実家に帰省がてら、久しぶりにハニー珈琲で豆を買って、飲み比べようと、(今まで名前を知っていながらタイミングを逸していた※2)この本で名前の挙がっていた珈琲美美の豆も買ったのだけど、なんかもう緑茶と紅茶ぐらいの違いがありました。(そしてお客さんたちがやっぱり面倒くさそうな一家言ありそうな人々だったのが面白かったな。)
 ともあれ、コーヒー豆の種類や焙煎度合いの違いに感心があるような読者には、なかなか興味深い対談集ではないでしょうか。
☆☆☆1/2
※1 と言いながら、ヴォアラ珈琲のネット販売ではスペシャルティーとかCOEを謳ってるのだけど。
※2 大学から散歩の距離なのになぜ知らなかったのかな…コーヒー豆を食わせるので有名な面白店主の店には行ってたのに…と思ったら、2009年に現在地に移転されてたんですね。それにしても、日本でもその名を知られた名店とまでは知らなかった。

寄生獣(山崎貴)

 およそ望みうる最高の形で映画化されたといっていいのではないでしょうか※1。監督の作品にはこれまで正直いい印象がなかったので、嬉しい予想外でした。以下メモで。
 ・アクションの構成について:パラサイト同士の斬撃の弾き合いなど、一撃の重さやスピード、タイミングがイメージどおりだった(特に市場での「A」戦での周辺オブジェクト破壊演出)。漫画は通常、平面映えする画作りになっているから現実の空間にイコールでは置き換えられないものだけど、「漫画通り!」と感じさせ、なおかつ格好良いというのは、素晴らしい空間構築センス(今回に限っては)だと思う。※2
 ・物語の展開:実はエピソードの並び替えや人物設定に結構手が加えられているのだけど、まるで原作がそうであったかのような澱みない語り口。人物の出し入れも的確でした。一番懸念していたのは「泣かせんかな」の演出だったのだけど、これまでのフィルモグラフィからすると意外なほど「必要十分」を心得た尺の割き方で、そこがよかった。
 ・映画化に時間がかかったことの利点:一番すぐ思いつくのは、もちろんVFXの進歩。邦画でも恥ずかしくない感じの映像化が可能になったのは嬉しい。のですが、それよりキャスティングですね。仮に5年前だと染谷将太東出昌大でGOにはならなかった。今回の成功はキャスティングにあると断じたいくらいなのですが、小栗旬妻夫木聡では(演技スキルの話ではなくて適性として)こうはならなかったと思います。原作の魅力の一つに、岩明均の描線のもつ独特なニュアンス、具体的に言うと無表情に宿る不穏さがあると思うのですが、今回の出演者はまるで原作から抜け出てきたかのようなはまり具合でした。新一のナイーブさと「混じった」後の非人間性の危うさは染谷将太にしか出せなかったと思うし、出番は短いながらも島田の「パラサイトらしさ」は東出昌大のいい意味での茫洋さがあってこそと感じられた。
 ・それと橋本愛演じる村野さんが予想以上によくて、これは彼女が神秘的な美少女「ではなくなった」からこそという気がします。
 つまるところ、端的に言うと、今回の勝因は「余計なことをしなかった」ということに尽きる。このまま後編もこの調子でいってくれたら、と心から願うものですが、予告編をみると若干懸念が過るところも・・・いや信じよう。信じさせてほしい。
☆☆☆☆1/2
※1 心配してる原作ファンこそすぐ行くべきだと思います。観てから後悔しても遅くないですよ。
※2 混じった後の人間離れした体技、はもっさりしていて残念だったので、あの場面だけは海外からプロを招聘してほしかったかな・・・